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本日5/19は“こいくの日”。(一昨年の記事) (昨年の記事) こいくスタートから三年が経過しました。

仕事でもプライベートでも“教育”にどっぷりと浸かっている今の私。
“自分の仕事”から得た学びが“我が子の子育て”を助け、また“我が子の子育て”から得た学びで
“自分の仕事”の質を高めていける。今の自分のそういう状況を、とても有難いことだと感じています。
これまで、生徒と我が子から、貴重な学びをたくさん与えられてきましたが、逆に、私は彼らにどれだけの学びを与えることができたのか、そう自問すると・・・う~ん、どうだろう。楽しい時間をたくさん共有したことは間違いないけれど。

大手塾で働いていたときは、生徒に対して「いかに沢山の学びを与えられるか」ということにこだわっていたように思います。算数の知識はもちろん、人生の先輩として、もっと教えるべきことがあるはずだ、と。まあ先生ですからね。当然です。
でも今は、その“当然”からだいぶ意識が離れているように思います。理由は簡単です。「大人が教えなくても、子どもには、自ら学び、自らを成長させる力がある」ということを日々、子どもたちが教えてくれるからです。教室でも添削でも、今は“教えないこと”をできるだけ意識しています。環境を整えて、その子に壁を乗り越える力があることを信じて、でしゃばらずサポートに徹する。それだけ。ところが、それだけをやっていた方が、「教えなきゃ」と変にがんばるよりも、(長い目で見ると)ずっと良い結果を生んでいるのです。

“子どもの可能性を信じる”、口で言うのは簡単だけど、耐えて待つのは時にきついです。成長のタイミング、成長のペース、成長の仕方、すべてその子自身が決めることなので、不安になることももちろんあります。でも、それでもやっぱり、信じて待っていれば、必ず成長してくれる。そこに例外はない、と
いうことを、生徒たち一人ひとりが教えてくれたように思います。

そのような経験から、子どもが成長していくうえで大人が教えるべきことって意外と少ないのかな、と
感じています。「この子は自分が導いてあげなきゃ」という心配は、子どもへの不信というネガティブな動機から発している部分もあるので、そのエネルギーはポジティブな結果に結びつきにくいように思います。本心からその子に信頼を寄せて、「君は素晴らしいね。きっと立派な大人になるよ。」と期待をかけてあげれば、(特に何かを教えたり導いたり頑張らなくても)いつかは自ら期待に応えるための努力を始めるはずだと思います。

今日(ついさっき)、めったに見ないテレビをつけたら、ちょうど教育関係の番組をやっていて、それが今書いた内容にきれいにリンクするような内容だったので驚きました。“こいくの日”のプレゼントかな? 先日書いた“新しい教育”の記事にもリンクする内容です。動画を視聴できるようなので紹介します。→「自己学習にまつわる新しい試み」 
新たな視点で“教育”を捉え直すべき時期が来ていると感じます。